月に二回、ピアノのレッスンに通っています。
ピアノは六歳から高校二年の終わりまでと、その後数年のブランクを置いてまた習い出しました。そして気が付けば再開してから早十年。
昔は毎週レッスンに通っていたのが今はその半分。一度も家で練習できないまま先生の前で譜読みを披露する羽目になることも度々あります。なのですが、思うに、年齢を重ねることで私自身が持つ「受け皿」の容量が大きくなったのでしょう。一度のレッスンで表れる効果が、以前とは違うのです。
例えるなら、以前は先生が注いでくれる水の半分以上を吸収しきれずにこぼしていたのが、今は吸収出来る水の量が増え、さらに以前にこぼして飛び散ったまま放置されていた分まで、綺麗に吸い取っていっているような感覚です。
レッスン再開する際、以前の続きからではなく、バッハのインベンションをはじめからやり直すことにしたのですが、十代のころは苦手というかむしろ嫌いだったバッハが今では、あれ? なんか、面白い?
十代のころと同じ先生に、十代のころとほぼ同じことを言われているのですが、当時、理屈はわかるけど面白くないと感じていたのが嘘のようです。
バッハだけでなく、昔弾いた曲も初めての曲も、弾き方が以前とは随分変わって、曲に対する読み込み方がずっと深くなっている。そして、曲の好みもずいぶん変わりました。バッハはもちろん、子供のころ簡単でつまらないと思っていた(とんでもなく恥ずかしい勘違いですが)ハイドンやヘンデル、モーツアルトといった、割と古い時代の曲がむしろ弾いていても聴いていても心地よく感じます。
おそらく十代の私では、細かい部分を丁寧に見、仕上げていく面白さをキャッチする感性は、持ち合わせていなかったのだと思います。子供のうちからこれを楽しめる人って、すごいなと実感します。それこそが才能というものなのでしょうか。
それに若いうちはどうしても、わかりやすく難易度の高い曲、派手な曲を弾きたがる見栄のようなものがありました。大人になって、そういう余計なものを取り払った後に、私の純粋な「好み」が残ったのかなと感じます。
ずっと好きで続けてきたピアノ。バッハが嫌いだったころも、ピアノそのものを嫌いになったことは一度もありませんでした。そんな、気が付けば合計二十年を超える私のピアノ歴の中でも、今が一番楽しい。
継続は力なり。高校時代で頭打ちと思っていましたが、大人になった今、また成長期を迎えています。いくつになっても、というより、年齢を重ねたからこそ、さらに向上する余地が出てくることもあるのですね。
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