日々使う言葉の中で、「それがどの程度を表してるのかがよくわからない表現」というものがあります。
「よく」とか、あとは「たっぷりと」「しっかりと」などなど、使用頻度が多いものばかりです。これって、全部語り手の主観に基づいた表現ですよね。
たとえば「よくすすぎ」とか「しっかりと洗い流し」、「たっぷりと使い」、「しっかりと保湿する」などが、私はどうも実際に求められている程度よりも過少に見積もっているのではないかと、最近思うようになりました。
襟足にできるニキビのしつこさにイラっときて、本格的に対策に乗り出した時のお話です。
だいたいの原因になりそうなことは気を付けているつもりだけど、「つもり」なだけで実はできていないのかもしれない、と、もう一度基本に立ち返ることに。
目を付けたのは、シャンプーのすすぎ不足です。
シャンプーのすすぎに関しては昔から本当によく聞くので今更という感が強いのですが、「よくすすぐ」の「よく」の度合いが私が考えているのと違っている可能性もあります。しばらく頑張ってみることにしました。
シャワー出しっぱなしで襟足から頭頂部まで、そしてまた襟足まで、くまなくマッサージの要領で洗っていきます。襟足は特に念入りにしつこくしつこく。
考えてみれば、上からシャワーで流す場合、丁寧にすすげばすすぐ程、落とした汚れは自然と下の方、つまり襟足付近に流れて集まりますよね。それを頭頂部と同じすすぎ方をしていたのでは、流しきれないのではないかと。
そんなわけで、頭頂部付近は概ね今まで通り、そこから下に行くにしたがって丁寧に時間をかけることを意識しました。最後の襟足はあらゆる角度からシャワーをあてて一番時間をかけます。
途中、せっかく治りかけた瘡蓋をひっかいて悪化させたり、お天気の良い日には枕を洗濯したりしながら、約二週間。
襟足のニキビ、完治しました。
少なくとも私のニキビは、すすぎ不足が原因だったのだろうと思っています。そういえばこの時期は仕事で疲れていて、でもシャンプーはしたくて、という板挟みですすぎが雑になっていたような気もします。
このしつこいニキビに悩んでいたのが5月。年末の現在に至るまで、一度も再発はしていません。対策らしい対策は、シャンプー後に襟足まで「丁寧に」時間をかけて、「よく」すすぐことのみ。
頭のニキビに悩んでいる皆さん、シャンプー後、「きちんと」すすいでますか?
シャンプーは「よく」洗い流さないと、ニキビの原因になりますよ。
一年以上悩まされていたほうれい線が、消えました。
のっけから何かの広告のようですが、むしろそういった広告に踊らされる前に試す価値ありということで、本当にあったしわの話、水分補給の「適量」についてです。
肌の層は大雑把に言うと一番外側の表皮と、その下の層の真皮とがあり、しわの深さがどこまで届いているかによって、ケアの方法も変わってきます。
簡単な判断基準としては、指で軽く伸ばした時に消えて見えなくなる線なら表皮、消えない線なら真皮まで刻まれたしわであると判断できるようです。
表皮止まりのしわはまだ浅く、乾燥が原因のことが多いので保湿をしっかりすれば大丈夫、というところまでは以前から分かっていたのです。分かってはいたのですが・・・指で伸ばせば見えなくなる、浅いはずのしわが、化粧水を「しっかり」つけて美容液、最後にクリームでふたをして、と、きちんとやっているのに一向に消える気配がなく、もやっとした思いを抱えたまま過ごすこと一年以上。
悩み解決の瞬間は、突然やってきました。
ある日ふと思い立って、化粧水をたっぷり含ませたコットンでパッティングをしてみたのです。なぜ今までやらなかったかというと、私が面倒くさがりな上に、何とな~く、そんなに効果があるものに思えなかったからです。言わば食わず嫌いですね。
でも唐突に気が向いて、やってみることにしました。
肌に張り付くくらいに化粧水を含ませたコットンで、顔全体を丁寧に押さえていきます。気になるほうれい線の部分は特に念入りに。擦らず、叩かず、優しく丁寧にすることを意識しながら、コットンがパサついてくる前には終了。引き際を見極めて、欲張りすぎないように注意します。
今のちょっとお高い化粧水を毎日のパッティングであっという間に消費してしまうのは勿体ない気がして、まずは以前使っていた化粧水の余っていたものを、それがなくなった後は、ドラッグストアのワゴンでセールになっていた化粧水コットンを使ってみました。
成分は精製水の他は数種類の保湿成分のみというシンプルなものです。大切なことは肌に異常が現れないことと、量をケチらず「たっぷり」使って、丁寧にやさしく保水することなのだと思います。
肌のターンオーバーにかかる期間は、30代だと大体40日以上。でも、だいたい一か月ほどでも効果は実感できました。以前は、昼間にお手洗いで鏡を見てはほうれい線が目について憂鬱になっていたのが、気にならない程度まで改善しました。
乾燥肌だ水分補給だ、といいながら、水分補給の適量を見誤っていたようです。私が考えていた以上に、肌は水分を欲しているということを、今回初めて知りました。
感覚的に、これまでの倍以上の化粧水を使っていると思われます。
こんなに効果があると分かっていれば、ブログ記事用に使用前の写真をしっかり撮っておいたものを、と後悔してももう手遅れです。すでにしわは消えてしまい、証拠が何も残っていません。ああ無念、せっかくのブログのネタが中途半端に……
その後、やはりコットンを使うのが面倒になり今ではハンドプレスに戻りましたが、じっくり丁寧にを心がけて、以前よりも多めに保水しています。
それでもほうれい線再発の気配はありません。
深く真皮層まで刻まれたものに関してはどの程度効果があるかわかりませんが、まだ浅いしわなら、高価な化粧品に手を出す前に試す価値はあります。
やはりどんな分野でも「ひと手間」の効果は大きいようです。
上で紹介した二つの事例、どちらも悩みの原因と解決の糸口は、「適量の見誤り」、「主観的表現の取り違い」でした。
自分では「よく」すすいでいるつもりが、「たっぷり」化粧水をつけているつもりが、いずれも不足していたのです。
感覚的で記憶に残りやすい主観的表現は、ざっくりと全体的な方向性やなんとなくの印象を伝えるのには便利ですが、それだけを指針にして動いていると、無自覚のまま迷子になりかねません。諸刃の剣というのでしょうか。便利なだけにそれに頼りすぎて自滅する可能性があるのが主観的表現なのだと思います。
実際に行動する際には、主観的表現だけでなく、例えば数字を伴う様な、より具体的な内容が必要です。これは客観的表現といえばよいのでしょうか?
こちらは正確で間違いがない一方で、記憶し難く、忘れやすい情報です。でも、これをおろそかにすると、無駄な遠回りをしてしまいます。
マニュアル通りにしているのに効果が出ないなあ、という場合、主観に基くあいまいな情報ではなく、もう一度、具体的な内容を確認すると、解決できることは多そうです。