この言葉、いらなくない?
と、日々思わずにはいられない言葉の存在意義について、かるーく考察してみます。
文体がいつもと違ったりすることもありますが、どうぞお気になさらず・・・
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大型台風や大雪の警報が出るたびにテレビで呼びかけられる言葉、「不要不急の外出は控えてください」
この言葉に一体どれだけの力があるというのだろう。
そもそも、「不要不急の外出」とはどんなものを指すのか。
遊びの予定は取りやめになる可能性が高い。では、仕事は?
海外ではどうか知らないけれど、この言葉を言われて仕事を休む日本人がどれだけいるのだろうといつも考えてしまう。
強いて言うなら、事務職の非正規やパートなどは、上司に連絡して休むことも比較的容易かもしれない(これも職場と上司によりけりだが)。しかし、それ以外はどうだろう。特にシフト制が多いサービス業など、会社から休むようにとの指示が来ない限り、自分から休むとは言いにくいのではないだろうか。
国民性を表すブラックジョークで、こんな話を聞いたことがある。(やや記憶がおぼろげなところもあるけれど、概ね次のようなものだったと思う)
船から人が落ちた時、甲板の上にいる人間を海に飛び込ませるためには
アメリカ人には「ここで飛び込めばあなたはヒーローだ」
フランス人には「落ちたのは女性だ」
日本人には「みんな飛び込んでますよ」
と言えば良い。
良くも悪くも空気を読み、集団を重んじる日本人は、自分だけが違う行動をとることを苦手とする人が多いように思う。したがって、「不要不急の」という自己判断を求められるような言葉では、周囲の様子をうかがい、それに合わせるという余地が残ってしまう。
勤め先の仕事を「不要」であると断じることは、多くの日本人には難しいだろう。また、実際そのような判断をして自分だけが休んだ場合、後日職場で白い目で見られることは目に見えている。
以上の観点から、「不要不急の外出は控えてください」という日本語は不要であると私は考える。
「外出の際は、十分に気をつけてください」の水準を超えた場合、次にいうべき言葉として、私はこんな言葉を提案したい。
「人命に係わること以外での外出は絶対にしないで下さい」
これなら、さすがに会社も出てこいとは言えないのではないだろうか。